人民日報海外版:釣魚島が風なぎ浪静まるようになるためのカギ
2012/10/10
 

  日本が釣魚島の事態を一手に作り出したことで、中日関係はかつてない厳しい局面を迎えている。両国の有識者は中日国交正常化40周年を契機に、両国関係を新たな段階に進めることを期待していたが、この願いはほとんど水泡に帰した。両国関係はかつて日本側の歴史問題における誤った言動によって何度も「政冷経熱」の状態に陥ったが、いまや日本の釣魚島問題における誤った行為によって、さらに「政冷経涼」へと転化した。双方の重要な二国間、多国間分野の協力が影響を受けた。両国国民の対立感情も一層めだつようになった。

   日本のあるメディアは、釣魚島問題をめぐって中日間に生じた立場の対立と関係の膠着を「騎虎の勢い」〈引くに引けない〉と形容している。このことわざは必ずしも中日双方の釣魚島紛争における境遇を正確に描いてはいないが、国際紛争の敏感な時期に、しばしば人々の注目が集まる、双方の立場の鋭い対立とお互いに譲れない様を説明することはできる。

   釣魚島の事態を通して、中日関係の脆弱性はあますところなく曝け出された。こうした脆弱性は主に、歴史問題、領土問題および地政学の三つの要因に由来している。この三つの要因がうまく処理されるならば、中日関係は相対的に穏やかな発展をとげることができる。反対であれば、中日関係はにわかに波風がたち、めんどうなことが絶えない。中日関係の40年の歩みはこの点を十分に証明している。目下、日本の国内政治の「右傾化」傾向により、中日関係の脆弱性は一段と増している。

   こうした脆弱性は明らかに、中日双方ひいては地域全体の共通利益に合致しない。こうした脆弱性を減らせるかどうかのカギは、この40年間に中日両国がまとめた「四つの政治文書」を双方が確実に順守できるか否かということにある。1972年9月29日に発表された「中日共同声明」、1978年8月12日に調印された「中日平和友好条約」、1998年11月26日に発表された「中日共同宣言」および2008年5月7日に調印された「戦略的互恵関係の包括的推進に関する中日共同声明」である。

   これら「四つの政治文書」の中心的精神は、「歴史を鑑とし、未来に目を向ける」ことである。この精神を釣魚島問題の処理に応用できるか否かは、釣魚島問題で風なぎ浪静まることを実現できるか否かを決定するだろう。日本側について言えば、歴史の歪曲によって「釣魚島は日本固有の領土」を証明しようとし、歴史の否定によって、中日間に「係争棚上げ」の共通認識〈合意〉が存在しないことを証明しようとし、現実の無視によって、釣魚島の係争が存在することを否定しようとし、はては一方的な行動によって日本側の主張を強めることは、すべて「歴史を鑑とし、未来に目を向ける」精神に背き、両国の戦略的相互信頼の基礎を損ない、両国の実務協力の雰囲気を壊すことである。

   確かに、中日双方の釣魚島問題における基本的立場の溝を短期間に埋めるのは難しい。しかし国際紛争において、双方の立場が対立している表相の下で、しばしば双方が歩み寄って、矛盾を緩和させ、双方が共通の利益さらにはそれぞれの利益を追求するための条件をつくるようにさせるのに十分な共通の利益というものが存在するものだ。それには英知と決断が必要である。現段階で、両国は釣魚島問題をめぐって、立場の対立を強めるのではなく、共通の利益により多く焦点をあてるべきだ。それができなければ、釣魚島の事態はますます激化するだけである。利益の点から言えば、中国側は事態の激化を望まないが、立場の点から言えば、中国は事態の激化も恐れない。

   中日双方の最大の共通の利益は平和的発展の実現である。中国はすでに平和的発展を長期的な国家戦略にしているが、日本が平和的発展を長期的な国家戦略にするか否かは重要な選択の瀬戸際である。中日両国の発展と地域の協力という長期的利益から、釣魚島問題を適切に処理するのは極めて重要なことだ。いま、釣魚島を再び風なぎ浪静かな状態に戻すには、日本は「係争を認め、係争を棚上げする」ようにするほかない。

(執筆者の華益文氏は国際問題専門家)