中国の国防支出を全面的に読み解く
2006/04/17

 

 2005年7月に米国防総省が発表した「中国の軍事力報告書」も10月下旬に訪中したラムズフェルド国防長官の発言も、中国の実際の国防費は公表された数字を大きく上回っているとしているが、果たして真相はどうだろうか。

 1990年代に中国経済の高度成長が世界から注目されるようになって、国防支出問題が「中国脅威論」を喧伝する一部の人々の話題となった。中国政府は再三、統計数字や国防白書を発表し、軍事支出の比率と絶対額が国際的にみて低い水準にあることを説明したが、米国、日本さらに西欧諸国はどこも信用しない。

 05年7月、米国防総省が発表した「中国の軍事力報告書」が中国の実際の国防支出を公表された数字の「2ないし3倍」としたのに続き、10月に北京を訪れたラムズフェルド国防長官は直接会談の機会を利用して、中国側に軍事費支出面でいわゆる「透明性」を高めるよう再度呼びかけた。米国側は「中国の軍事費の数字にチャレンジしようというわけではなく、透明性の欠如に不満なだけだ」と主張した。こうした疑問に対して、中国の軍当局と外交官庁はさまざまな場で、国防費は確かに公表された通りだと再三説明するとともに、数字の誇張は悪意あるものだと指摘した。こうして容易に解消しがたい論争が生まれた。

◇中国はかつて自己防衛のために内情を明かさなかった

 改革・開放後、中国の諸事業の公開度はますます上がり、長い間機密とされてきた軍事項目も次第に秘密のベールを脱ぐようになった。ただ米国が中国に対し、自国と同じような全面的「透明性」を求めている点は、受け入れられない。19世紀後期から、米国をはじめとする西側諸国は平時に政府の諸支出を公開し、一般的軍事費、新型兵器と多くの装備の開発計画まですべて明らかにするようになった。それは議会の監督を受けるのに必要なほかに、貧乏な国や弱国の挑戦を許さない強国の地位に立っているからである。さらに他国が及びもつかない軍事支出を公表し、新型兵器をひけらかせば、抑止作用を果たすこともできる。新中国は経済的に貧しく、文化的に遅れた状態で樹立されており、解放初期から長期にわたって、米国による戦争の脅しの下に置かれてきた。強敵にひけらかすことのできる物質的元手ももっておらず、苦境に立たされ危機感が強くなるほど、機密保持の範囲は広くなる。

 50年代の中国は貧しいながらも自信に満ち、ソ連も戦略的後ろ盾になったため、経済建設や財政収入、支出の主要指標は基本的に公開したが、国防分野の秘密性は比較的強かった。当時解放軍の兵員数、部隊の番号、装備の型式性能などはすべて公開されなかった。ただ50年代の国防費支出はいくつかの公の報告でしばしば明らかにされていた。例えば1956年9月、彭徳懐は中国共産党第8回大会で軍事報告を行った際、同年の政府支出に占める軍事支出の比率が1951年の48%から19%に下がっていることを公表した。さらに国家財政収支の公表数字で計算すれば、2つの数字がそれぞれ56億元と61億元であることも分かった。

 60年代初めには、「大躍進」の挫折で予定の生産目標が達成されず、続いて「文革」により国内経済が大きく落ち込んだことから、人心の動揺を防止するため、20年近くの間、工農業の主要な生産量と政府の財政収入はいずれも公表されなかった。70年代末まで、中国の一般市民は自国の経済・軍事データや世界の強国との比較について、基本的にまったく無知の状態に置かれていた。米国など西側諸国も中国の実力について、多くの分野で情報分析やばらばらの報道から憶測するほかなかった。ただ中国の民衆よりはずっとよく知っていた。

 過度に秘密を守る神秘化が公開性に取って代わることで、相手を惑わす役割を果たせることもあったが、それによって中・下級幹部を含む広範な人民の知る権利も奪われた。実情を知ることが許されないため、民主的権利の行使も難しかった。しかし1978年末に中国共産党の11期3中総が開かれた後、国内と外国に対して全面的な改革・開放が実施された。この後、国の経済指標は基本的にすべて公開され、80年代以降は国防総支出も次第に公にされるようになった。また1982年、中国は軍隊の兵員423万という数字を公表したが、軍内の番号、装備や経費の具体的数字については引き続き秘密を守った。当時、対中友好を標榜する米国の原子力潜水艦専門家が中国原潜の見学を要望し、見せてもらえば改良を手伝えると言い、同時に「対等」の原則によって、中国に米国の原潜を見学させることもできると説明した。中国側は当時の楊尚昆軍事委副主席に指示を仰いだが、得られた回答は「わが国の潜水艦は米国より遅れているが、一体どれほど遅れているかを彼らに教えるわけにいかない」というものだった。改革・開放後の中国の軍事上の機密保持措置は、まさにこのような戦略的考慮に基づいていた。

 戦争の危険が潜んでいる国際環境の中で、力の弱い者が他人に内情をつかませないことも自己防衛の重要な方法だった。ボディービルの選手はいつでも服を脱いで筋肉を見せようとするが、あばら骨が見えて攻撃されやすい者は衣装で包もうとする。軍事面を透明にできるかどうか、これも同じ理屈である。

◇中国の軍事費をめぐる論争のポイントはどこにあるのか

 80年代に中国の総合国力が弱かった時、米国、日本は中国の国防費支出の公表数字をさほど意に介していなかった。ソ連崩壊後、米日などに1993年から相次いで「中国脅威論」が登場し、中国の国防経費の実際の数字がどれほどであるかについて、長い間疑問を呈するようになった。「購買力平価」でみると人民元の対ドルレートは低過ぎ、そのためドル換算数字が不合理なものになっているとするほか、外国の軍当局、政界関係者は長い間、中国には大量の隠れた国防支出があるとみている。

 実際、国防費の範囲については国や地域によって大きな違いがあり、計算方法も同じではない。90年代中期以降、中国政府は主に公開性を高め、外部の疑念を取り除くために、引き続き財政支出内の国防費総額を公表するほか、5回連続して国防白書を発表し、国防政策と支出の使途を明らかにした。2002年の国防白書ではさらに、国防支出1694億元の配分を――要員生活費540億元、活動維持費581億元、装備費572億元と詳細に列挙した。今年中国が公表した国防費総額は2420億元だった。ただ細かい配分数字は挙げていない。

 05年春、中国の国防費の透明度を高めるべきだとする日本の大野防衛庁長官の発言に対して、劉建超外交部報道官は、中国の関係官庁は白書を発表しており、「十分に透明ではないか」と反ばくした。また10月下旬に中米両国の国防相が会見した際、曹剛川氏はラムズフェルド氏に、「中国の2005年の国防費は、最近調整された人民元とドルのレートに従えば、302億㌦となる。これは実際の数字である。中国には国防支出を隠す必要はなく、隠すことは不可能だ」と述べた。中国の財政が人民代表大会(国会)で審議され、公開化が大幅に進んでいる現在の状況で、大量の国防支出を隠すのは確かに不可能だというべきだ。

 ただ中国の3年前の国防白書の3つの細目をよく読んでみれば、それに含まれているのがすべて人民解放軍の生活、日常活動および兵器装備調達の費用、すなわち一般的意味での現役部隊の「軍事費」であることがわかる。多くの国にとって、「国防費」とは当然、軍事に奉仕する科学研究部門、民間防衛部門、国内防衛・予備役部隊などの経費も含まれるものだ。米国が発表した「2005年中国の軍事力報告書」の記述は次のようになっている。「計算方法の違い(為替レート、購買力平価又は両者の中間)から、中国の防衛支出に対する分析作業は非常に複雑なものになる」「政府の予算額には外国製兵器装備の調達費用(毎年ロシアからだけで30億㌦近い兵器が輸入される)、武装警察の支出、核兵器と第二砲兵の維持経費、国防工業への助成、防衛関連の科学研究活動の経費、地方や省政府から武装部隊への寄付額は含まれていない。これらの余分な経費を加えれば、公表される軍事費支出は2倍から3倍多くなる。中国の国防事業は2005年に900億㌦の経費を獲得できたことになり、中国は米国、ロシアにつぐ世界第三の防衛支出国となる」

 中国が発表する国防白書には、確かに国防科学研究費、民間防衛や民兵予備役の費用は列挙されておらず、沿岸・国境警備や内部防衛を担当する、膨大な数の武装警察部隊の費用も公安支出に計上されている。こうした計算法をとるのには、中国の統計官庁自身の理由があり、慣行でもある。例えば、80年代以前、兵器装備を研究・製造していた第2工業部から第8工業部までの費用は国防費ではなく、国務院の支出に計上されており、その後この7つの省庁はすべて民生品生産を主とし合わせて軍事品を生産する集団公司に改編された。そして現在、国防企業の生産額の大部分は民生品生産によって生み出されており、民生で軍事を養う方式で大量の科学研究費をまかなうことができる。この部分の科学研究費や生産資金を国防費に入れた方がよいのか民生に入れた方がよいのか一概には決められない。

 さらに国防科学技術工業委や第2砲兵が掌握している戦略ロケット部隊は宇宙開発も兼務しており、最近打ち上げられた有人宇宙船「神舟」は軍民両用が可能である。また外国の衛星打ち上げビジネスの獲得外貨も部隊の資金需要の大きな部分をまかなえる。米国のいう毎年ロシアから兵器を調達する30億㌦前後の兵器費用については、貿易黒字の一部とみるべきで、その大部分は対米貿易で得られたものである。米国の反中国政治家はかつてこれを理由に、「中国はわれわれから儲けた金をロシア製兵器の購入に充てている」と非難した。

 中国の国防白書と米国が発表した「中国の軍事力報告書」を細かく対比し、それぞれの計算に含まれている項目を分析すれば、双方の主な食い違いが「国防費」の範囲の違いから生じていることがわかる。中国の国防白書の支出は「軍事費」を指している。その他多くの国や地域も防衛費の公表にあたって、軍事費だけを取り上げている。例えば、台湾の世論は政府が兵器研究の中山科学院や民間防衛などの費用を防衛支出に計上していない、それらを計上すれば「国防費」はさらに3、4割増えると攻撃している。各国の計算法にはそれなりの理由があり、別に不思議がるようなことではない。ただ中国の軍事費以外の国防関係支出について米国の見積もりがけたはずれであるにすぎない。

◇平和的台頭であるから国防費は過大にできない

 中国が現在公表している国防費は、米、日、英より少なく世界第4位であり、しかも米国の年間防衛費4000億㌦の13分の1にすぎない。米国は中国の年間国防支出を900億㌦とするとともに、年間国防支出を170億㌦と公表したロシアの実際の国防費も1000億㌦としている。これはともに宣伝・誇張の色彩が強く、重要な目的は強大なライバルのイメージをつくって、自国の軍備増強のための世論づくりをすることにある。今年のロシアのGDPは6000億㌦を超えたばかりで、政府の歳入は2000億㌦前後にすぎない。市民や議会の監視下で、どうして国家予算の半分を軍事目的に使うことができるだろうか。

 中国の国防費についての中米双方の計算には範囲の違いがあるが、たとえ西側の計算基準に従って、米国の国民警備隊のような武装警察部隊、民間防衛および軍民両用の科学研究費を加えたとしても、せいぜいさらに数割増える程度で、公表数字の3倍に達することは決してない。この数年、中国が国防費の数字を公表する時、つねにその絶対額と相対的比率は共に低い水準にあると強調しているのは、自己韜晦という考えのほか、軍事費競争を刺激したくないからである。曹剛川国防相は10月に中国の軍事費支出に関する米国側の質問に答えた際、いま中国の中心任務は経済の発展、人民生活の改善であり、国防力整備に大きな財源を割くことは不可能だと強調した。これは決して宣伝文句ではなく、確かに本心から出たものである。

 大規模な戦争をしていない環境下で、一国の防衛支出の多寡は経済建設に非常に重要な影響を及ぼし、発展途上にある貧乏な国、弱国は特にそうである。50年代から80年代にかけて、ソ連は自国の国民所得が米国の3分の1から半分という状況下で、軍事的優位を求めて防衛支出を相手と同じようにし、最後に自滅した。中国自身にもこの面で苦い教訓がある。とりわけ60年代から70年代にかけていつも「早期の戦争、大きな戦争、核戦争」を戦争への備えの基本にし、兵員5、600万の状態を長期間続けた。この時期、国民所得の10%と政府財政支出の3分の1近くが戦争への備えに関連する事業に充てられた。

 鄧小平氏が職務に復帰した後、80年代は軍隊が我慢することが強調され、国防費の比率と購買力平価で計算した絶対額がどんどん減っていった。それは改革・開放後の経済の急速な発展を促す重要な条件の一つになった。中国が発表した国防白書によると、国防費の比率は逓減して2001年に最低まで下がり、GDPのわずか1・3%、政府財政支出の7・6%となった。その後2つの数値はいくらか増えたが、今年はGDPの1・6%にすぎず、政府財政支出比では8%となっている。これに対して、今年の米国防費のGDPと政府財政支出に占める比率はそれぞれ3・4%と13%になり、英、仏、独など西欧諸国の防衛費の比率もだいたいそのような水準にある。

 現在、中国の国防費増額には多くの障害があるが、最も主要なのはやはり財源不足という制約を受けていることだ。この十数年、中国のGDPに占める財政収入の比率はずっと低いままだ。そして国家公務員の数は膨大で、公共支出は非常に大きい。05年の国家財政収入は3兆元を超えたが、やっと集計済みGDPの20%を超えただけで、西側諸国がどこも達成できる30%の水準にはほど遠い。さらに一に発展を求め、二に安定を求めて、調和社会建設の目標を達成するには社会福祉の資金を大量に増やす必要がある。こうした情勢下で、中国が平時に米国が言うように900億㌦、すなわち7200億元を国防費に充てることはとうてい考えられない。

 80年代以降の長い期間、中国は過去の高い軍事費比率を改めるため、行き過ぎとみられるほどの方法で、国防費を大幅に抑えた。その結果、多くの新しい技術装備の開発が遅れるほか、軍隊が経費不足を補うためビジネスをせざるをえないという問題を生じ、深刻な後遺症も残した。21世紀に入った後、中国は経済力の増強を基礎に当然国防費投入を適当に増やすべきだが、再びもう一方の極端に走ってはならない。中国のような発展途上の大国としては、国防科学研究を含む防衛費を西側諸国のようなGDPの3ないし4%の水準にもっていけるなら、それが適当な比率である。さらに中国の国内物価と人件費が西側よりはるかに安いことを考えれば、少ない資金で多くのことができるはずだ。例えば日本は二十数万の自衛隊の生活費に160億㌦かかるが、中国は兵員数がその10倍でも生活費は100億㌦に満たない。国内の生活水準の向上に伴って軍人の給与待遇も引き上げる必要があるが、しかし兵員の数が減る一方で軍事費は増えているので、経費を合理的に使用すれば、国防事業の世界の潮流に合わせた発展を有効に保証することは可能である。

 現在、中国の国防費に対する米国の疑念は大きい。だがまさに中国の総合国力が強まったため、ブッシュ政権は対中関係をより重視するようになっており、05年11月にブッシュ大統領が任期中で3回目の訪中をしたことはこの点を物語っている。各国は対外的にどのような宣伝をしようとも、重視しているのはやはり力の政策であり、実力増強の中で最も確実な部分である国防費は当然最も強い関心を集める。中国の国防費をめぐる論争が激しくなるほど、それは中国の台頭傾向が国際的一層重視されていることを示すものである。

                                          雑誌「軍事文摘」より