頑迷で非を認めない日本に良い結末はない 人民日報論評

2012-09-14 13:00

 

  中国政府と中国人民の強い反対に直面してもなお、日本政府は頑迷で非を悟らず、独断専行して、いわゆる「島の購入」を強硬に実施した。日本の一部の政治屋のもくろみは緻密なようでいて、その実愚かであり、その誤ったやり方は自縄自縛に陥り、自ら恥をさらすことになるのは必至である。

   第一に、日本は、中国人民の領土保全のための決意と能力を見くびった。今日の中国は、積み重なる貧しさと弱さによって他国に侮辱された時代とはとうに決別している。もし日本側が、釣魚島問題においてどんなことをしても、中国がすべてを呑むと思ったら大間違いである。中国は主権と国家の尊厳にかかわる問題において、半歩たりとも譲歩はせず、中国の領土を侵犯しようとする日本側のいかなる企ても成功することはあり得ない。

   第二に、日本が自ら重荷を背負ったということ。釣魚島で「火遊びをするか否か」という問題において、我々は日本側に替わって決定することはできないが、日本側の挑発が先で、中国側の正当な反撃はその後だったので、道義的なポイントはすでに中国側の手の内にある。中国はすでに、釣魚島およびその付属島嶼の領海基線を発表した。これは、主権管轄を具体化する重要な措置である。今後、日本側が対応に窮し、進退いずれにしても拠り所を失うのは必至だろう。釣魚島に対していわゆる「国有化」方針を実施した後、野田首相は、「島とその周辺海域における警備を全力で強化する」と公言した。これと同時に、日本の藤村内閣官房長官は、「中国政府との意思疎通を強化し、誤解を解くよう努力し、不測の事態の発生を極力回避する」ことを強調した上で、急遽外務省高官を協議のため訪中させるなど、うわべの強硬さに反して臆病な心理が見通せてしまう。(日本政府は)そんな結果が早く分かっていたら、最初からやらないほうがよかった(と悔やんでいるに違いがない)。もちろん、戦略上我々は相手を蔑視するが、戦術的には重視しなくてはならない。時間は我々の側にある。我々は、自信と忍耐強さを持ち、自己の優位性を存分に発揮することによって、日本が交渉に応じてもうまい汁を吸わせないし、交渉を拒否したら、なおさら得るものがなくなる。

   第三に、日本は自らの将来を賭け事にしている。日本経済は長期にわたって低迷しており、日本はずっと中国経済に「便乗」して、失われた20年から抜け出そうとしている。「国と国との交流は人々の親睦の上に成り立つ」。日本の今のやり方は、すでに中国人民の感情を深く傷つけており、しかも、中日間の経済貿易関係に与えるマイナスの影響はもう避けられない。統計によれば、8月以降、日本製品、特に自動車の中国での販売台数は減少し、すでに大量の観光客が日本旅行をキャンセルし、中日の戦略的互恵関係にも深刻な悪影響を与えている。このような反応は当然のものだと言えよう。この調子で行けば、日本は当然甚大な損失を被り、経済の復興に再び陰を落とすことは必至である。さらに見てとるべきなのは、日本のやり方がすでに戦後制定された平和の道から遠ざかり、日本を危険な方向へと導いていくだろうということである。

   第四に、日本は隣国と世界の人々の信頼を失いつつある。日本のいわゆる「島購入」行為は、世界の反ファシズム戦争の勝利の成果を公然と否定するもので、戦後の国際秩序に対する重大な挑戦である。このような「非を認めない」態度と「判決をくつがえそうとする」企ては、必ずや隣国と世界の人々の強い警戒を生み、自己の外部環境を悪化させるだろう。日本は周囲に敵をつくり、再びかつての四面楚歌の轍を踏もうとしているようなものである

   第五に、日本はひたすら頼るところを求め、米国の傘に入ればやりたい放題、勝手に振る舞うことができると考えているが、これは完全な誤算である。日本はもともと米国の将棋の駒にすぎず、米国は小さな事では日本と互いに秋波を送るが、大きな事になると自己の利益を優先するばかりで、悪者とぐるになり、自らに災いが降りかかるようなことはしない。「米国は領土紛争ではいかなる立場もとらない。米国は関係国が挑発的な行為に出ることなく、対話による平和と安定の維持を模索するよう求める」。平素は親日的なキャンベル米国務次官補の先日のこの発言に、日本はおそらく相当失望したことだろう。

   要するに、善い行いには善い報いがあり、悪い行いには悪い報いがあるということである。紛争が一旦起これば、日本は自分でしかけた「挑発」行為の結果を当然引き受けなければならない。善は失うべからず、悪は長ずべからずという。我々は、やはり日本政府が崖っぷち〈最後の一歩〉で踏み止まり、道を踏み違えたと悟って引き返し、中日双方が合意した共通認識と了解事項のもとに完全に立ち戻り、交渉による問題解決の道に戻ることを望んでいる。さもなければ、さらに大きな代償を払うだけである。